こんににちは。今日は、引き続き「胆振・日高」についてです。
17世紀後半に全アイヌを結集し国縫まで攻め上った静内の英傑シャクシャインの戦いがあり、18世紀末の国後・目梨の戦いの際、鎮圧のため松前藩は絵靹を前進基地にした。
のちに東蝦夷地を直轄した幕府は、アイヌ教化を兼ねて融に翻尋紬嵐に奪雛の2官寺をおき、失敗はしたが武州八王子千人同心が勇払開拓を企図した。
維新後は朝敵として削封された仙台藩の一門一家など亘理の伊達、紬の窒論、甜の繕冒、仙台の罰への士族団移住、藩内紛争のため淡路の稲田主従の静内移住、キリスト教信仰を支えにした赤心社の荻伏移住など、複雑な要素がからみあって各地で開拓の苦闘が続けられました。