こんにちは。前回の続きですー^^
岩屋観音像は、「首なし観音」とよばれ、巡礼者が熊に襲われ観音像の背後に隠れたとき、熊が仏像の首をひき抜いて去ったという。
豊浦は古くは弁辺(アイヌ語ペツペツの転言化、小さな川の集まった所)とよばれたが1932(昭和7)年改称されました。
1907(明治40)年夏の山梨県下大水害の罹災者は富士山(羊蹄山、別名蝦夷富士)のみえる所に移住地を選定し、1908年から199戸が集団入植、山梨・新山梨両集落を形成した。
また礼文駅から2km、大岸駅との間の海岸景勝の地に列車の窓からの情景を詠んだゆかりの文学作品を刻む文学碑公園とカムイチャシ史蹟公園があります。
豊浦はイチゴ栽培とともにホタテ漁も盛んで、礼文漁港に「噴火湾ほたて貝養殖発祥之地」の碑があります。